10/10/11

復興書店



ポーランドの作家ラファル・ノワコウスキさんの「二つの物語」が復興書店のWords&Bondsに掲載されました。
私も翻訳者としてお手伝いさせていただく機会に恵まれました。とても素敵な作品です:

http://blog.fukkoshoten.com/?cid=33308

復興書店は東北関東大震災復興を書籍で支援するプロジェクトです。その仕組みは下記の通りです。以下は復興書店店長・島田雅彦氏の挨拶文から抜粋です:「作家たちに自著を提供してもらい、それにサインやメッセージを書き込み、プレミア本にして、復興書店に送ってもらう。復興書店は商品リストを作り、ウエッブ上の書店にアップする。あとは読者がお気に入りの本を買う。売上から最小限の管理コストを差し引いた額を日本赤十字社あるいは信頼のおける復興支援団体に寄付する。」

翻訳のお話をくださった増田幸弘さん(「プラハのシュタイナー学校」(白水社)等の著者)が上の作品が掲載されたWords&Bonds部門の編集長役のいしいしんじさんの評を送って下さったので転載します。試行錯誤して仕上げた箇所もあったので良い評価がいただけて訳者としてのお役目が終わってホッとしました。:

「二つの物語」それぞれが、深い印象を残しました。長い夢からさめたばかりのような読後感。いや、いまもまだ夢のかけらがまわりにこぼれ、鈍くきらめいている感じもあります。
夢見草、読み始めてすぐ、そのイマージュのあざやかさに目が喜ぶのを感じました。ぼくがその地にいたことがあるはずがないのに、自転車で風を切る音が頬のそばで鳴っている。裏庭や牧草地のかおりがたちこめてきます。やがてそれらはすべて「記憶」という透明な箱にかこわれ、大切に保存されてきたものだとわかります。小春日和の中、その箱から「わたし」は歩みだし、ずっと遠くまで歩いてきたのですが、ふりむけばその緑の光、風のきらめきがかすかに目に届いてきます。

すでに外の世界へふみでているひと、これからふみだそうというひと、みなに豊かなまどろみを与える、すばらしい散文でした。

砂の味も「記憶」を扱っていますが、それは砂でできています。さらさらとこぼれ、掘っても掘ってもつづいている湿った砂。砂のこぼれたすきまから、母、祖父の声、採掘船のきしみ、ビスワ川の流れがちらほらと垣間見えます。うす黄色の砂場で遊ぶちいさな子どもの背中も。それはもしかすると、「わたし」なのかもしれない。ほら、べそをかいてオモチャを探したり、ガールフレンドの手をとろうかどうしようかまよったりしている。光が砂のようにおりてきてすべてをかくす。わたしはあたりを見まわし、砂のセメントでできた建物群のすきまに立ちつくしながら、いまそうして立っている自分も、砂のようなものであり、はかなく崩れ、流れ去り、周囲に溶けてみえなくなってしまうかもしれない、と感じている。けれどもそれは、時間との一体化ということでもあり、母や祖父や、自分につながるさらに古いひとたちと、深いところで出会う、ということなのかもしれません。

砂を掘る子どもの遊びから、宇宙をのぞき見るような、驚きにみちた作品でした。

また、ジャッジ資子さんの訳文がすばらしく、それぞれ「夢」のような、また「砂」が流れるようなことばを浴び、快感にふるえました。ただ、訳者のことばがうつくしい、というだけでなく、ノワコウスキさんの原文を、現地のかたが読んだらきっとこんなだろう、そういう感じをうけました。うつくしいけれどわざわざ見せつけようとするうつくしさでなく、ごくふつうに語をえらんでいったらこうなった、という自然さ。訳者の透明感が、この日本語での作品をいっそうきわだたせているとおもいます。